取締役が自己破産|会社への影響や取締役を続けるための手続について解説
株式会社を経営する「取締役」であるなら、自己破産をする前に確認しておきたいことがあります。それは会社との今後の関係性やこれからの経営者についてです。というのも、取締役は、自己破産をすることで退任しないといけないのです。
再度取締役として就任することも不可能ではありませんが、一定の手続が必要となること、そして会社に対する事実上の影響なども考慮しなくてはなりません。取締役自身の生活はもちろん、会社の事業継続のためにも正しい知識を身につけて適切な対応をとることが大切です。
自己破産をすると自動的に退任
取締役が自己破産をすると、自動的にその立場を失うことになります。その理由やその後の会社運営について以下に整理します。
会社と取締役は委任関係にある
株式会社の取締役は、会社から業務執行の「委任」を受けて仕事をする立場にあります。そこで会社と取締役の関係性は委任契約を基礎としており、このことは会社法にも規定されています。
(株式会社と役員等との関係)
第三百三十条 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
引用:e-Gov法令検索 会社法第330条
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
※条文にある「役員」とは、取締役や監査役、会計参与を指す。
そして「委任契約」については民法で定義されており、会社経営に係る委任についても同法の定める委任の規定に準拠します。
(委任)
第六百四十三条 委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
引用:e-Gov法令検索 民法第643条
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
取締役の場合だと、会社が「委任者」、取締役が「受任者」となり、会社が取締役に対して業務執行を委託し、取締役となる個人がこれを承諾することで委任契約が成立します。
ここで重要なポイントは、会社と従業員の関係性を生じさせる「雇用契約」とは異なるということです。雇用契約であれば使用者が労働者に対して指揮命令権を持ちますが、委任契約では委任者が受任者に対して指揮監督するわけではありません。取締役は会社の業務執行について自己の責任において職務を遂行する必要がありますし、その他委任ならではのルールに従う必要があります。
破産は委任の終了事由
取締役が会社との関係で委任契約を締結していることは上述のとおりですが、この委任契約は、当事者が契約で定めた期間や終了事由によらず、民法規定の事由により終了することがあります。
(委任の終了事由)
第六百五十三条 委任は、次に掲げる事由によって終了する。
一 委任者又は受任者の死亡
二 委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと。
三 受任者が後見開始の審判を受けたこと。
引用:e-Gov法令検索 民法第653条
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
このように、終了事由の1つに「破産手続開始の決定」が列挙されています。
つまり、取締役が破産をすることで会社との間の委任契約は自動で終了しますので、取締役の地位も失うこととなるのです。
取締役が1人の場合はどうなる?
代表取締役1人で経営する会社もそれほど珍しいものではありません。この場合でも原則に従い、自己破産をすると取締役を退任しないといけません。
もし取締役がいなくなる理由が「任期の満了」や「辞任による退任」であれば、次の規定に従い新たな取締役が選任されるまで取締役としての権利義務を引き続き持つことができますが、自己破産を理由とする場合には適用されません。
(役員等に欠員を生じた場合の措置)
第三百四十六条 役員・・・が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した役員は、新たに選任された役員・・・が就任するまで、なお役員としての権利義務を有する。
引用:e-Gov法令検索 会社法第346条第1項
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
そこで、裁判所に申し立てをして一時的に取締役としての役割を担う方を選んでもらうか、株主総会で新たな取締役を選任する必要があります。ただ、1人会社である場合、代表取締役が株主を兼ねているケースが多いと思われますのでご自身で選任の手続を進めることになるでしょう。
取締役が破産しても会社財産には影響しない
自己破産によって取締役が退任することになりますが、会社財産にまで直接影響が及ぶわけではありません。
自己破産をする取締役個人の財産に対しては換価処分が行われ、自宅や自動車などを失うことになりますが、会社が保有する財産については取締役から独立した存在だからです。
仮に一人会社で従業員もいないような小規模事業であったとしても建前としては法人と個人はまったくの別物であり、別人が持つ財産にまで破産手続の影響が及ぶことは通常ありません。
よって、自己破産をする際に会社の共倒れを心配する必要はありません。
会社の保証人になっている場合の影響
規模の小さな会社だと、会社の借入などに際して代表者個人が連帯保証人になるケースがあります。
しかし破産手続では、当該個人の権利義務関係が清算されるとともに残った債務については原則として免責されます。
なお、代表者個人が負っている連帯保証の債務はなくなりますが、会社が持つ本債務については影響がないためそのまま残り続けます。
自己破産後も取締役になれる
自己破産によって取締役から退任しないといけなくなりますが、その後再び取締役に就任することは可能です。破産後に再度取締役となる場合に知っておきたいことを以下にまとめます。
選任手続の基本
取締役を選任するために必要なのは「株主総会」です。一連の流れを見てみましょう。
1 | 株主総会での選任決議 | 取締役は株主総会の決議を経て選任される。 決議要件は、①議決権を行使できる株主のうち議決権の過半数を持つ株主が出席する、②出席株主の議決権の過半数を得る、の2点。 株主総会の招集通知も重要な手続であるが、身内だけの小規模な会社であれば招集手続を簡略化できる。 |
---|---|---|
2 | 委任契約の承諾 | 取締役となる個人側の意思表示も要するため、取締役となる方が就任承諾書を作成する。 口頭でも承諾の意思表示は有効であるが、登記申請時に就任を証明する書類が必要となるため書面は作成しておくべき。 |
3 | 登記申請を行う | 取締役の就任が決まれば、効力発生から2週間以内に法務局で登記を行う。 その際、就任承諾書や取締役の印鑑登録証明書、株主総会議事録、株主リストを用意する。 |
なお、既存の会社に再度就任するほかにも、新たに会社を立ち上げて取締役となる道もあります。この場合も破産者かどうかを問わず、一般的な流れ同様に会社を立ち上げて自ら設立時取締役となればよいのです。
取締役としての欠格事由に注意
自己破産をした破産者であるという事実が取締役の欠格事由には該当しません。ただ、その他の理由で欠格事由に該当しないように気を付けましょう。
《 取締役の欠格事由 》
- 法人
- 破産法や会社法など一定の法律に基づく刑に処せられてから2年を経過していない
- 禁固以上の刑に処されまだ執行を終えていない(執行猶予中は除く)
今後の取引に悪影響が及ぶ可能性がある
取締役個人の信用力や経営能力が見られる際、「自己破産をした」という事実がマイナスに作用してしまい、既存の取引先や新たに取引を始める事業者・消費者が離れてしまうおそれがあります。
取引先としては、取引を継続することで自社も損害を被るリスクを懸念するのも無理はありません。直接被害を受けるわけではなくても、イメージが悪くなって顧客離れや従業員の士気低下も起こり得るでしょう。
これらの悪影響を考慮すると、取締役が自己破産をした場合、たとえ再び取締役になることができたとしても会社の経営に大きな支障をきたす可能性があります。
資金調達の審査にも響く
会社経営が当該取締役個人に大きく依存しているようなケース、規模の小さな会社であるほど、資金調達の審査にも響いてくるでしょう。
金融機関は融資の可否を判断する際、企業の経営状況に加え、経営者の情報もチェックするからです。もし取締役が自己破産をしていると、金融機関は次のように判断する可能性があります。
- 自己破産は過去に債務を返済できなかったという事実を示すため、「取締役による債務の保証は期待できない」と判断する可能性が高い。
- 取締役が個人的な経済状況を上手く管理できなかったことから、「会社の財産管理も適切にできないかもしれない」と判断する可能性がある。
その結果、金融機関からの融資を受けにくくなるかもしれません。
また、株式発行による資金調達も難航するおそれがあります。この場合は投資家からの信用を得なくてはならないのですが、やはり自己破産をしてしまったという事実が会社経営に対する能力を測るうえでマイナスにはたらく可能性が高いです。特にワンマン経営をしているケースだとその傾向が強く表れるでしょう。
自己破産以外の債務整理も検討しよう
債務の負担を軽くする方法は自己破産だけではありません。ほかにも「民事再生法に基づく個人再生手続」や「任意整理」といった債務整理のやり方もあります。
そして破産以外の道であれば委任契約が強制的に終了することはないため、取締役としての立場をそのまま継続することができます。
※ 個人再生:裁判所に申し立てて個人の財政状況の再建を図る手続。民事再生手続の特則として設けられており、条件や手続内容は厳格であるが、上手くいくと債務額を1/5程度まで減らすこともできる。
※ 任意整理:裁判所を利用せず、債権者と個別直接的に交渉を行い、再建を図る手続。手続上の負担は小さく柔軟・迅速に進められるが、返済額の大幅な圧縮はできず効果は将来利息のカットや返済期間の調整程度にとどまる。
どの債務整理でも信用情報の毀損(いわゆる「ブラックリスト」への登録)は避けられないため会社や個人の受ける事実上の不利益は起こり得ますが、「取締役の退任」は強制されません。 手続を選ぶ際は負債総額や債権者数、収入や資産の状況などを考慮する必要もありますので弁護士に相談することもご検討ください。
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